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2019-10-29

【内懐】Vol.03 渡部和之さん

”内懐(うちぶところ)”とは「人に知られたくない心の中の様子」。

自分らしさに自信を持てないでいる方へ、温かい気持ちと、一歩を踏み出す勇気を届けたい。 ひとりひとり違っていい、ひとりひとり違って当たり前、ひとりひとり違う方がいい。 みんな違うからこそ生きている意味がある。ゲストとの対話から、その人らしさ、内懐、困難との向き合い方、回復の哲学などの「ヒューマンストーリー」を伺い、自分らしく生きるためのヒントを探る旅。

第3回目のゲストは就労移行支援事業所『きのこ舎』代表の渡部和之さん。

おしゃれなカウンターが印象的で、やさしい時間が流れる空間。就労移行支援事業所『きのこ舎』。「きのこが好きな人がいたんですよ。もし社名にするならどんなきのこがいいのかって話をしていたら、そのままきのこ舎になっちゃいました」ときさくに話される合同会社木之子の代表、渡部和行さんから人生のストーリーを伺いました。

利用されている方はどのような方ですか?

一見何でもできそうに思える当事者の方であっても、センスや可能性がある方であっても、いざ「就労となるとつまずいてしまう方がとても多いです。そんな方の多くは、社会でのストレスを跳ね返せないでいたり、自分の力を忘れてしまっていたり、すべて完璧でないとダメなのではないかと思い込んでしまっている傾向があります。自分はいったい何がしたいのかを一緒に考えてみよう。それが見えてきたら一緒に飛び込んでみよう。そして一緒に振り返ろうよ。自分って意外とできることが多いんだと分かってもらいたいです。

就労移行支援事業所って、どんな支援をされているところなのですか?

まずやってみようよ、だめならやめればいい。僕はいつもそう言っています。就労支援というより、就労の前に生活(暮らし)があってここが大切。ここがしっかりしていればオッケーなんですよ。安心安全な居場所があって、困ったことが言えて、自分なりの役割が見つけられる場所であることが大切なんだと考えています。

「色々課題はあるけれども一緒に考えていこうよ。」って、ここを大切にしていきたい。結果的に「働きたいな」と思えるようになってくれたら嬉しいし、この方が自然でしょ?やる気って、自然と滲み出てくるものですしね。

渡部さんはどんな経緯で今の事業所を立ち上げたのか教えていただけますか?

学生時代に金属工学を学んだ後、農機具製造メーカーに24年勤めていました。40歳頃には管理職となり、人に動いてもらうことの難しさを学びました。あるとき、会社の吸収合併で自分の上司が大手の企業に変わってしまいました。このことで、自分の中の何かが崩れてしまった気がします。

自分の存在意義を問いつづけているうちに、必要とされる場所を探したいという思いが強くなってきたのですね。その場所を求めて、デイトレードで生計を立てようとしたり、数年のブランクを経験したりしました。転職をしても『この人の力になりたい』と思える上司と出会えず、働く目的を探し続けていました。50歳の頃、今の年齢でできることは何か?自分が必要とされているところは何所なのか暗中模索の頃に、人との繋がりとタイミングがちょうど重なり合ったご縁で、障がい者の就労を支援する就労継続A型事業所に勤めることになったのです。

A型事業所ではどのような経験を重ねられたのですか?

就労継続支援A型事業所では、管理者として7年を過ごしました。身体障害や、知的障害とは違って見た目では分かりにくい、発達障害や精神疾患を持つ方とのかかわりの中で『障害』という定義に疑問を抱くようになりましたね。障害って治すものか?治らないものか?葛藤しました。社会で暮らすことに障壁があるとするならば、その障壁は、本人の中にあるものとは限らないのだと確信しました。

A型事業所の本来の目的は、障がいに配慮しながらはたらく機会を提供することであるのに、いつしか配慮のいらない障害者だけを雇用して経営を安定せざるを得ないビジネスモデルに苦しさがありました。さらには、A型支援事業所のその先の支援がまったくできていない。こんなのはおかしいと疑問を感じていました。そんな中、就労移行支援や就労定着支援が必要だという思いが強くなり2019年合同会社木之子を立ち上げました。

必要と感じたものをご自身で作ってきたのですね。福祉業界への転職に大変さはなかったですか?

福祉を全て学んできたわけではないけれども、就労支援の先にある『社会』を経験してきた立場だからこそ言えることや見えてくることがあると思うし、この経験をどうにか当事者のために活かせないだろうかと考えています。
障害があるから守ってあげようとか、これ以上は無理、これ以上は危ないなどと支援者側の考えで線引きしてしまったり本人の可能性をつぶしてしまったりしがちな福祉の盲点に違和感を憶えました。

福祉の学びはツールとしてはとても役に立つのですが、当事者は社会の中で生きていくのだから、社会のことを良く知っているほうがより就労への力になれるのだと考えています。『人としてみる。個性としてみる。』これさえできていれば、それでいいのだと思っています。

どのような力がつけば就労ができるとお考えですか?

就労ができるかできないかは、本人の基準も社会の基準も両方あって、個別に変わります。専門用語では訓練とか評価とかいうけれど、支援者が便宜上作った基準にしかできないんですから、『まずやってみよう、ダメならやめればいい』これが一番ですかね。

渡部さんの人生の中で一番しんどい時期はいつ頃でしたか?

正直今が一番しんどいかもしれませんね。利用者となかなか話せる時間がないですし。きのこ舎から社会へ送り出すのが仕事だけれども、そればかりじゃ経営できないというジレンマ。ここに自分の心がついていかないんです。

これからの夢や目標は何ですか?

必要な方にもっと就労移行支援事業所のことを知ってもらいたいですね。当事者方に直接届く機会が少ないので、福祉業界以外への発信も必要だと考えています。そして何よりも、働く場所を提供したい。この商店街の活性化をしたいですし、当事者の方を正社員として雇えるようになりたいですね。

昼夜逆転を無理に治そうとせずに、夜から働けるバーを作るとか、飲食店などもいいですね。60歳になった今、資本でも応援できるようなっていきたいですね。

今を支えているものは?

声をかけて集まってくれたスタッフのために踏ん張らないといけないと思っています。ここで働いてくれている人のために、やり切りたい気持ちがあります。雇われている立場から、雇う立場になった今、初めて直面したしんどさかもしれないですね。

大変な所から抜け出すためのリカバリーポイントは何だとお考えですか?

人に相談することだと思っています。人に相談するということは、自分をさらけ出す行為であり、勇気も必要になってきます。弱い所を見せたくないという心理も働くし、認めたくないというプライドとも向き合わざるを得ないから大変なことです。でも一人では限界がありますから相談して一緒に考えることが大切だと思っています。本気で相談したら相手に負担をかけるのではないかな?相手を心配させたくないな。と思ってしまう側面もあるけれど、でもそのように思う人こそ、実は本当に相談すべき相手なのかもしれないです。僕自身も相談が出来ているとは言えないんですけどね。

 

ゲストプロフィール



渡部和之
(就労移行支援事業所『きのこ舎』代表)
https://kinokosya.amebaownd.com/

1959年12月23日生まれ。津山高専金属工学科を卒業後、地元岡山に戻り、岡山の農業機械メーカーに就職。24年勤務し、退職。… 2011年7月より就労継続支援A型事業所に入職、職業指導員・管理者をへて2018年10月退職。同12月19日合同会社木之子を設立、翌年5月に就労移行支援事業所『きのこ舎』を開設現在に至る。

 

インタビュー・編集:大谷淳
撮影:金光浩太郎

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